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ソデムンの刑務所跡にて

わたし達はまず地下鉄に乗って、ソデムン(西大門)の刑務所跡へ行きました。

奇しくもその日は、8月15日の光復節。地下鉄を降りて、外へ出ようと話をしながら通路を歩いていると、周囲の人には日本人がいると分かったらしく、あるおじいさんが「なぜこんな日にお前達はこんなところへ来ているのか」と韓国語で尋ねてこられました。おじいさんが「こんな日にこんなところ」とおっしゃるのには訳があります。「こんな日」とは、8月15日という日が、日本が全面降伏し、朝鮮半島が解放され、まさに朝鮮が「光を回復した」日ということ、また「こんなところ」とは、ソデムンの刑務所が、日本が侵略・統治していた時に、柳寛順を始めとした朝鮮人の政治犯を収監し、拷問による死者を多数出した場所であることを指しています。わたしは、知らない人にいきなり心に突き刺さるような鋭い問いを投げかけられて、とっさに言葉が出ませんでした。

その時、夫が「わたし達は韓国の歴史に大変関心を持っているので、今日ここへ来たんです」と韓国語で答えたのです。その答えを聞いて、おじいさんは「そうか」と言い、わたし達のもとを離れていきました。「よくきちんと答えたね」「僕が初めて韓国へ来た89年頃なんて、こんなの当たり前だったよ。道の真ん中でいきなりどなられたりしたし」 わたしにとっては、このようなことは初めての経験で、それだけに一生忘れられないであろう出来事になりました。

刑務所跡では、日本の歴史教科書に関する特別展示を観るのが、今回の目的でした。この頃、ちょうど「新しい歴史教科書」をめぐって日韓関係が微妙な状況に置かれていただけに、日本人でこの展示を見に来る人が果たしているだろうか、と思っていたら、意見帖に日本人の名前がいくつも散見されたので、ややほっとしたことを覚えています。

その後、わたしたちは昼ごはんを食べ、インサドンをそぞろ歩きしようということに。そうして、ぶらぶらしているうちに、夕ごはんの時間になりました。オンニにどこで食べようか?と聞くと、「お二人が邪魔に思わないんだったら、一緒に…」とか言うのです。あんたねぇ、朝からここまで散々遊んでおいて、ここへ来て何を言っているのやら。変なところで気を遣うんだなぁ、と面白く感じました。

そして別れ際、オンニは「まだあなたは韓国にいるんでしょう? またかならず会いましょう」と言ってくれました。日本人同士だと、こういう場合は、実際にまた会うかどうかは分からない、というか、むしろ会わない可能性のほうが高いと思います。それが、韓国人の場合は違う。会うと言ったら、それは必ず会うのです。わたしは、オンニとの付き合いの中で、韓国人的な友人関係を学んでいくことになります。

次回は、韓国人的な友人関係についてです。


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